成木川(なりきがわ)2015年10月24日撮影
農業用水の源「成木川」
成木川の水源は黒山(東京都青梅市)にあり,その標高は842mである。水源から直線距離で約10km,標高130m付近には富岡地区水田への取水口がある。毎年4月29日には「堰普請」と称して取水口付近に堰の設置,田に通じる水路の清掃のため乙黒*耕地田水利組合の共同作業が行われる。これは水田作の生命線として重要な作業であり,東京アグリ研究協会青梅試験地も毎年参加している。成木川にはヤマメ,ニジマスが生息し,毎年4月第二日曜日ころが解禁日となり釣り人の姿も多くなる。また,6月下旬から7月上旬の20~21時にかけては蛍の乱舞する様に興じることができる。地元にある料理旅館「司翠館」の御主人によると,宿泊客など毎年,車で15分くらいかかる成木7丁目付近の成木川のスポットに案内されるということであった。青梅試験地のすぐ近くにある成木川堤防からは蛍の散発的な舞がみられる程度で少し淋しい。成木川は隣県埼玉県飯能市鍛冶橋付近で荒川水系入間川(いるまがわ)に合流し,その支流を成している。江戸時代には木材の運搬にも利用されていたようである。
青梅試験地の気象観測を行なっている圃場の標高は115.1mであるが,青梅市の最低標高地点は青梅試験地の近くにある両郡橋下流で103.5mである。
*「おとぐろ」と読む,旧地名に由来する (地元の長老宿谷和巳氏による)
今回から青梅試験地圃場を取り巻く環境について数回にわたり連載する予定です。次回は成木川の水質などについて掲載します。
(2015年11月26日記)
水田につながる用水路 (上) と成木川からの取水口(下) (撮影2019年4月29日)
成木川の水質
青梅試験地圃場への取水は成木川に由来することを前回 (1)で述べた。成木川からの富岡地区水田への取水口付近は毎年12月ころには枯葉等で覆われくるが, 写真に示したように毎年4月には乙黒耕地田水利組合の共同作業で行われるいわゆる「堰普請」により清掃される。
成木川の水質(平成26年度公共用水域水質測定結果、東京都環境局)
項目 |
基準値 (農林省公害研究会) |
落合橋 (北小曽木川合流前) |
pH(水素イオン濃度) |
6.0~7.5 |
7.8 |
COD(化学的酸素要求量) |
6mg/L以下 |
1.35
|
SS(浮遊物質)
|
100mg/L以下 |
1 |
DO(溶存酸素) |
5mg/L以上 |
10.8 |
T-N(全窒素濃度) |
1mg/L以下 |
1.13 |
電気伝導度(EC) |
30mS/m以下 |
18.8 |
重金属
As(砒素)
Zn亜鉛)
Cu(銅) |
0.05mg/L以下
0.5mg/L以下
0.02mg/L以下 |
<0.005
0.001
0.001 |
農業(水稲)用水基準は, 昭和45年3月に農林省公害研究会において, 水稲の正常な生育のために望ましい潅がい用水の基準値が定められた (法的効力はない,
表中の基準値の測定単位はSI単位系に著者が改変し, 東京都データに揃えた)。成木川の水質については「公共用水域水質測定結果」が公表されており(東京都環境局),
この測定項目の中には農業(水稲)用水基準の測定項目がすべて含まれていることがわかった。ここでは現時点において最新のデータである平成26年度のデータを引用*した。これによると,
pH,T-Nは基準値に比べてやや高いものの, 他の項目は極めて良好な状態にあることがわかる。落合橋調査地点は取水口から直線距離で約4km上流にある。
*http://www.kankyo.metro.tokyo.jp/water/tokyo_bay/measurements/data/26.html
次回は青梅試験地圃場を取り巻く気象環境について掲載する予定です。(2016年2月25日記)
青梅試験地圃場の気象環境
1.気象観測地点・測定項目・平年値
青梅試験地内における気象観測地点は東経139度17分37秒(十進法139.293639度),北緯35度50分4秒(十進法35.834374度)1),標高115.13mにある2)。測定項目は温度,降水量である。掲載した図に使用した平年値 (1981~2010年の観測地の平均) は気象庁HP掲載の青梅市地域気象観測所の観測データ3),青梅試験地データは東京アグリ研究協会の実測値 (第4図)である。なお,アメダス青梅は試験地測定地点から直線距離で約5キロ,南南東の方向にある。
2.気温(第1図)
青梅市の年平均気温は13.8℃で、札幌市に比べて4.9℃高く,那覇市より9.3℃,鳥取市より1.1℃低い。平均気温の最高は8月で25.5℃,平均気温の最低は1月に2.8℃を示し,約23℃の温度差がみられる。日最高気温30.4℃(8月)と日最低気温は−2.5℃(1月)との較差は30℃を超える。
3.降水量(第1図)
青梅市の年間降水量は1507.9㎜で,札幌市の1106.5㎜に比べて多く,鳥取市1914.0㎜や那覇市2040.8㎜に比べると少ない。青梅市の12月から2月における各月の降水量は50㎜以下となるが,8月から9月における各月の降水量は200㎜を超し,年間では最も多くなる。
4.日照時間(第1図)
青梅市の年間日照時間は1888.5時間で,札幌市より148時間,鳥取市より225時間,那覇市より115時間多い。「晴れの国おかやま」をPRされる岡山の日照時間は2030.7時間でさすがに多い。青梅市の12月から4月における各月には170時間以上の日照時間があり,特に12月から2月は雪を頂いた美しい富士山がくっきりと見られる季節となる
5.青梅試験地実測データとアメダス青梅測定データとの関係
第2図および第3図は2015年8月17日に出穂期となった作型 (6月10日移植コシヒカリ) の登熟期間(出穂期翌日~収穫期までの41日間とした)における気温と降水量について,青梅試験地の実測データとアメダス青梅の測定データとの関係をみたものである。
この作型の登熟期間中の気象は「低温・寡照・多雨」であった。著者の経験では1980年の「冷夏・長雨」以来の不良天候となり,青梅市の稲作農家では平年の半作とする声が多かった。当試験地の栽培試験においても登熟歩合(比重1.06の塩水選で籾の選別調査を行う)が40%台となり,作柄は「著しい不良」となった。
余談であるが,1980年を鮮明に覚えているのは,この年「雨々ふれふれもっとふれ・・・」と歌った八代亜紀の「雨の慕情」が大ヒットしていたからである
(念のため,雨乞いをする歌詞では決してないことを著者から申し添えておきます)。
第2図に示したように,平均気温については青梅試験地の実測データとアメダス青梅の測定データとの間には直線関係が成立し,両者間には極めて高い正の相関(相関係数r=0.981,寄与率R2=0.9615)が認められる。しかし,第3図に示した降水量では両者間には同様に直線関係が成立するものの,相関の程度(r=0.900,R2=0.8095)は平均気温の関係に比べてやや低下した。これは,アメダス地点で降雨が記録されなかった日に青梅試験地では局地的大雨がみられたためである。特に水稲の倒伏時期には降雨の影響が大きいため,実測値は倒伏時期などの考察にとても役立つ。また,雨雲の接近や台風の進路など圃場の作業管理には,無料の気象アプリ「Yahoo天気 *(Yahoo Japan Corp.)」が欠かせない。
* http://weather.yahoo.co.jp/weather/zoomradar/
次回は青梅試験地で実施している普段の栽培技術の概要について掲載する予定です。
(2016年8月31日記)
1)http://user.numazu-ct.ac.jp/~tsato/webmap/sphere/coordinates/
2)http://www.motohasi.net/GPS/ShowGoogleMap.php
3)http://www.jma.go.jp/jima/menu/menureport.html
第1図 青梅市の月別気温 (℃) ,降水量 (㎜),日照時 (時間) の各平年値.
第2図 実測値とアメダスデータとの相関(気温,2015).
第3図 実測値とアメダスデータとの相関(降水量,2015)
第4図 青梅試験地に設置している気象観測装置.
青梅試験地圃場の気象環境-鳥取市との気象環境の比較 (3-1)
近年の東京地方の秋の天気日照時間が少なく,低温が重なる年次もあり,特に稲作の登熟期間に当たる9月の不良天候は水稲の作柄に及ぼす影響は大きい。そこで,経度および標高は異なるが北緯35度でほぼ同じ緯度にある山陰地方鳥取市*と東京地方青梅市**における2015年から2020年までの毎年6月30日から10月31日までの平均気温,日照時間,降水量の918個のアメダスデータを使用し,青梅市における気象の特徴を明らかにしようとした。なお想定出穂期は6月30日から5日間隔で9月28日までの15段階設定し
(図の横軸の1,2,3,…は想定出穂期6月30日,7月5日,7月10日,…に対応している),各想定出穂期後40日間の気象について検討した。データの集計はエクセルのOFFSET関数を使用した
(実は初めて使用した関数だったので相当苦戦し,手計算のほうが早かったかも知れない)。図中のバーは各測定値の母平均を推定するための95%信頼区間を示した。
* アメダス鳥取:北緯35度29.2分,東経134度14.3分,海面上の高さ7m
** アメダス 青梅:北緯35度47.3分,東経139度18.7分,海面上の高さ155m
第1図 想定出穂期後40日間の平均気温 (℃).
第1図によると鳥取市,青梅市のいずれの地域においても想定出穂期4(7月15日)~5(7月20日)をピークに平均気温は徐々に低下する傾向がみられる。一方,同一想定出穂期における両市の平均気温は鳥取市の方が青梅市に比べて高く,これは両者間における標高差が一因として考えられるが,本解析に使用したデータ数の範囲において検出できる差は認められなかった。青梅市の普通期栽培においてひとめぼれを作付けした時の出穂期は8月5日前後で,これは上記想定出穂期の8~9に当たる。
第2図 想定出穂期後40日間の日照時間(時間).
同様に日照時間についてみたものが第2図である。日照時間は気温に比べて変動の大きい気象要素であっ た。鳥取市では想定出穂期6(7月25日)をピークにして徐々に減少する傾向がみられるが,青梅市では明瞭なピークはなく,想定出穂期15(9月8日)まで2段階のフラットな感じで推移している。各想定出穂期毎にみると,日照時間はすべての想定出穂期において青梅市が少ない傾向にあった。青梅市の現行の出穂期が含まれる想定出穂期の8(8月4日)~9(8月9日)は鳥取市に比べると大幅に少なく,これが筆者の実感によく一致するところである。しかし本解析に使用したデータ数の範囲において検出できる差は認められなかった。
第3図 想定出穂期後40日間 の降水量(㎜).
最後に第3図は同様に降水量についてみたものである。降水量も変動の大きい気象要素である。青梅市では想定出穂期の大半は鳥取市よりも降水量が多い傾向を示していて,青梅市の現行の出穂期が含まれる想定出穂期の8(8月4日)~9(8月9日)は鳥取市に比べて降水量は多くなっている特徴がみられ,この点も筆者の実感と一致する。しかし第1図および第2図と同様に,本解析に使用したデータ数の範囲において検出できる差は認められなかった。
以上のように取り扱ったデータ数の範囲において,特に想定出穂期毎に見た山陰地方鳥取市と東京地方青梅市における検出できる差は認められなかったが,各測定データの母平均の推定ができる95%信頼区間によって両市の各気象要素の特徴,傾向を読み取ることは可能であった。結論的には,青梅市では降水量が相対的に少なく,日照時間が相対的に多くなる想定出穂期7(7月30日)
とすることにより登熟期間の気象の改善を図ることが当面の改良目標値になると判断される。このため現行の田植時期を普通期から早植えにした場合の検討が必要である。
(2022年2月12日追記)
青梅試験地の標準的な生産技術体系
1.育苗技術
育苗箱全量施肥法
苗箱まかせ(ジェイカムアグリ株式会社の登録商標)を播種時に稲の一生分の肥料を育苗箱に施肥する技術で,育苗箱全量施肥法と呼ばれている。苗箱まかせは尿素がポリオレフィンという高分子被膜でコーティングされていて,育苗期間中は極めて緩やかに肥料分が放出されるため苗焼けは起こらない。従来の高度化成肥料では絶対に真似のできなかった技術である。水稲のチッソ利用率も高まるため普通の化成肥料に比べて30%程度の減肥が可能となり,さらに圃場での基肥,追肥作業が省略できるため「省資源・省力化」技術として有望である。
今回は,当試験地における苗箱まかせを使用した生産技術体系における育苗技術の概要について紹介し,詳細は次回を予定しています。
(2018年1月30日記)
苗 箱 ま か せ 施 肥 作 業 手 順 (概 要)
塩水選
↓
水 洗
↓
種子消毒 (温湯消毒種子では不要)
↓ 床土入れ 市販育苗用土(ロックウール成型培地も可)
↓ ↓
浸 種 潅 水
↓ ↓
催 芽 → 施肥・播種 (第1図)
↓
覆 土
↓
立枯れ病・ムレ苗防除 タチガレエースM液剤
↓ (1,000倍液500ml/箱散布)
育 苗 加温,無加温を問わない
↓
苗箱施薬施用 箱いり娘粒剤
↓ (田植7日前~田植当日,50g/箱施用)
田 植(第2図)
第1図 播種枠(手作り製)を用いた手作業の様子
手作業の場合は床土入れ、肥料散布、播種作業に重宝
第2図 完成した苗
a:覆土, b:種もみ, c:肥料, d:床土